もう何年になるか忘れたが、寡雪の年があって寡雪もまた「雪害」と言われたことがあった。時に生命にも関わる、いわゆる災害とは言い難いが、雪国ならではの産業が根付いて、所得・雇用が生じている現実を知る時、「どうしたものか?」という思案に苛まれる。人間勝手だが、雪が多過ぎても少な過ぎてもいけない、雪国の暮らしを再認識する。