TOP - 過去掲載記事 - 2007年8月25日号

8月25日号掲載記事
 
再び蘇る日の来ることを信じて - 飯山市の堂平区で閉村・記念碑除幕式<飯山市>
 飯山市の堂平で16日、「閉村・解散記念碑除幕式」が行われた。通年定住者がいなくなったことから、昨年中に「区」としての機能を停止ており、現在、夏の間だけの居住者、通勤農業者がいるだけ。同市内の「閉村」は、平成7年の柳原硫黄区以来12年ぶり。

 堂平は史料によると、平安時代、既に越後街道(塩街道)筋の集落として、人馬の往来盛んだった記録がある。塩街道は現新潟県新井市から、長野県の旧三水村を結ぶ交易路で、堂平には道尊院、仏堂寺の堂塔があったが、永仁元年(1293)移転したという。また、集落南上段には城跡があり、奈良(楢)沢氏の居城とも伝えられている。

 同日は今は飯山市内を中心に、近隣市町村、県外に住む元居住者ら約60人が出席して、閉村式と公会堂脇に建立した、小坂憲次代議士揮ごうの記念碑の除幕が行われた。席上、記念碑建設委員長の山田吉太郎さんは「過疎が進み、これも時代の流れかも知れないが、17・18年の豪雪が閉村を決定的にした。記念碑は歴史ある堂平のいにしえの証として残したい―と建立したものだ」とあいさつ。

 記念碑には、昭和30年代にあった24戸の世帯主名が刻まれる。公会堂には明治元年以来、約130年間の組頭・惣代・区長名が書かれた標名板があった。

 同日は堂平出身で、現在、習志野市議長を務める高橋司さんも駆けつけ、参加者はこの後、集落上段にあるお宮に移動、例祭を兼ねて神前に閉村を報告、再会を誓う、ひとまずの別れの宴を開いた。山田さんは「いたし方のないことだが、大変寂しい。先輩たちに感謝しながら、閉村の報告をした。かつてはお盆が過ぎると、祭りの稽古が始まった。朝餉の煙、ニワトリの鳴き声などが、走馬灯のように蘇ってくる。誰も住んでいなくても家があり、田畑がある。来年もこの祭りで会いたい」と述べた。

 同日は小坂代議士、石田市長、宮本県議らが来賓で招かれ、石田市長は「何一つお役に立てなかった。樹木には大地、人にはふるさとがなければならない。そのふるさとを語り継ぐ責任がある。新幹線が開業することで、堂平が再び蘇る日の来ることを信じたい」とあいさつした。


(写真=除幕された解散記念碑に感慨深げな視線が)
 
「俺も戦争は反対」とお年寄り - 炎暑の終戦記念日に非戦平和の鐘<飯山市・木島平村>
 飯山市・木島平村の浄土真宗本願寺派長野教区飯山組の9寺で、終戦記念日の15日、「非戦平和の鐘」が打ち鳴らされた。=写真=。

 「戦争はしない、させない」という、あなたの思いを込めて、お寺の鐘を撞いてみませんか―と呼びかけたこの「非戦平和の鐘」。飯山市内7、木島平村内2の浄土真宗本願寺派寺院が、同日、鐘楼を一般に開放して実施した。

 同日は連日の猛暑の中、寺によっては住民の出足はもう一つだったが、飯山市常盤の明徳寺では、子ども連れの家族やお年寄りらが訪れ、平和の祈りを撞木に込めて、鐘を撞いた。お年寄りの1人は「俺も戦争には反対だ」といいながら鐘楼に登り、繰り返し鐘の音を響かせていた。
 
◆水草駆除でため池の魚「転居」 - 飯山市堀之内<飯山市>
 飯山市太田堀之内の「北のため池」(大きな堤)で16日、ほぼ20年ぶりともいわれる池浚(さら)いに合わせて、子どもたちらが魚の「転居」に協力するつかみ取りを行った。

 同地区には北・南(小さな堤)の2つのため池があり、地元のお年寄りの話では北のため池は、昭和10年ごろに造成されたもの。水草対策で一時、草魚を放したこともあったが、ここ数年、繁茂が一面に広がり、駆除が課題になっていた。

 同日は池の水がほとんど抜かれ、底泥が子どもの腰ほどに。魚のつかみ取りは、池を干す間、魚を南のため池に移すためのもので、参加者は胸辺りまで泥まみれになって、泥にハネ、あるいは泥の中に潜り込む、体長1b近いコイや、丸々太ったフナを素手や網ですくい取っていた。


(写真=体長1b近い鯉の「転居」は駆け足で)
 
◆誘われて - 北信濃風物詩<連載>
 夏の高原に足を運んだ。

とにかく、ため息が出るくらいに山を知っている人に誘われての山行きだった。

「これ、ヤナギランです」

「あれはヤマハハコ」。

もう1つ、「ヨツバ」何とか言う花を教えられたが、色々思い返しても、未だに名前が思い出せない。

雷が鳴り始めて車に引き返そうとしたが、去りい誘惑に駆られた。

「また今度ご案内します」。

楽しみにしています。
  
思い出詰まる教室で - 18人出席して成人式<栄村>
 平成19年度栄村成人式は15日、新成人の要望を入れ、栄中学校の教室を会場に行われ、村に滞在中の「みどりのふるさと協力隊」隊員を含めた新成人28人のうち、18人が新社会人としての「門出」に祝福を受けた。 

 「自分らしさを精いっぱいに 夢を語れる生徒に」という校訓、「生きる力を育てる」という教育目標が掲げられた会場は、新成人が3年生の時に学んだ教室。

 式は村歌で始まり、新成人の紹介に続いて「写真・映像で見る思い出」として、平成13年度に卒業した栄中での学校生活の思い出の記録が紹介された。式辞で高橋村長は、ここ数年の村の動き、特徴的な村施策を説明、「小さくても、金がなくても、個性的に生きていける村づくりを進めるふるさと栄村の行く手を見守り、どこにあっても応援してほしい」と述べた。

 また、新成人を教えた藤沢賢也先生(現飯山一中)は「卒業して5年。みんなは中学時代色々な行事に、1つになって取り組んだ。きょう、背広姿を見て、大人になったんだなあ―と、うれしく思った」と祝福。卒業文集の中に27人の仲間に出会えたこと、栄村で育ったことに感謝する―という文があったことも紹介された。

 これを受けて新成人代表の月岡大介さんは「何かやれば新聞に名前と年が出る。成人は1つの節目のような気がする。責任みたいなものが付いてくると思うので、しっかりやりたい」と、決意を述べた。出席者18人のうち3人は役場など村内に就職している。

 式では来賓として招かれていた相沢博文村議が、ギターを手に、自作の歌「ありがとう」を弾き語り「もっと夢を大きく膨らませよう」と、呼びかけた=写真=。


(写真=村議によるギターと歌のお祝いも)
  
■レンゲ草畑や花壇も - 木島平村・ふるさとの風景づくり
■東日本鉄道文化財団が支援 - 野沢温泉燈籠祭り
■茶褐色化する山の木 - ミズナラに広がる被害
■県境越えて踊りの輪 - 信越からす踊り大会
■ドライバーの注意喚起を - 2件の死亡事故対策検討で現地診断
◇ひとこと
■夏のステージ今年も - 横浜国立大学民謡研究会合唱団
■県境を越えた交流 - 栄村長杯囲碁大会
◇ハートフルライフ
 ◇ここに生きる
 ◇歯なしにならない話
 ◇北信濃ふるさと本
 ◇ブック&ミュージック
 ◇おいしいレシピ
 ◇わが家の仲間たち
 ◇森の家で遊ぼう
 ◇北信濃イベント情報

TOP - 過去掲載記事 - 2007年8月25日号