TOP - 過去掲載記事 - 2006年11月11日号

11月11日号掲載記事
 
◆命の糧得る骨太な若者達を - 下高井農林高・創立100周年記念式典<木島平村>
 明治39年、地域農林業の振興と、これを担う人材の育成を目的として創立された下高井農林高校の創立100周年記念式典は4日、同校体育館を会場に行われた。

 式典には木島平・野沢温泉・栄の各村長、飯山市の土屋教育長のほか、県教委、歴代校長、周辺小中学校長、同窓会・PTA役員、在校生ら約500人が出席。

 岩井優記念事業実行委員長(同窓会長)は「本校は農林業振興、人材育成の地域要望で創立された。1万667人の卒業生を輩出し、その中に冬季五輪選手もいる歴史は地域の誇りであり、励みでもあった。そうした歴史のうえに、今後さらに地域に根ざした、魅力ある学校に発展してくれることを期待している」とあいさつ。

 丸野良督校長は「着任早々、校歌の歌碑と出会った。身が引き締まると同時に長い歴史と、大きな期待を感じた。土を耕し、汗を流し、体を鍛え、心を育てた歴史は今、食の安全、環境の豊かさが価値をもつ時代にあって、癒しの生産業を育てる時代を迎えている。後継者の育成に向けて教育課程を変え、学びの原点に立ち戻り、明日を担う責任を果たしたい」と式辞を述べた。 

 また、地元、木島平村の柳澤村長は「村と共に歩いてきた100年だった。創立の精神から優れた人材が輩出された歴史に思いを新たにし、さらなる発展を期待している。農業を取り巻く環境は最も厳しい時代、命の糧を得る骨太な若者たちが育ってくれることを祈っている」と、祝辞を寄せた。

 これに対して、森川大生徒会長は「長く、険しい道のりを先輩たちが歴史を受け継いできた100周年。これまで支えてくれた地域の人たちに信頼されるよう頑張りたい。少子化で生徒数が減少する中で、地域との交流を深め、木島平を活性化させたい」と、決意を述べた。

 同日は式典に続いて、女生徒による太鼓演奏や作家、井出孫六さんの記念講演が行われた。


(写真=100年の歴史を称え将来の夢が語られた式典)
 
◆18bの「菜サケ寿司」も - 野沢菜蕪四季会社が総会<野沢温泉村>
「野沢菜の発祥地・野沢温泉村」を全国にアピールし、産地としてのグレードを高めるとともに、野沢菜を資源として誘客、活性化を図ることを主旨とする、野沢温泉村の「のざわ菜蕪四季会社」。

 北海道から、九州大分まで、全国36都道府県に714人の株主がいる同社の、平成18年度「蕪主総会」が1日、約230人の蕪主・家族らが出席してJA北信州みゆき野沢温泉支所会館で開催された。

 ことしは野沢菜発祥250年の記念すべき年で、観光協会が中心になって実行委員会を立ち上げ、総会に合わせて▽野沢菜料理講習会▽野沢菜収穫体験▽上の平高原散策▽野沢菜法要―などイベントが企画された。このうち、柄沢ゲレンデの畑で行われた収穫体験には、家族連れ、グループの約60人が参加。先月末から収穫が始まった野沢菜は茎の太さも丈もまずまずで、参加者は本場ならではの張りがあって瑞々しい菜に歓声を上げていた。

 総会ではセレモニーの中で「日本記念日協会」から、11月1日を「野沢菜記念日」とする認定証が授与された。会場にはこの日、いもなますやしょう煮いも、ぜんまいの白和え、大根の甘辛煮、そうめんかぼちゃの酢の物・サラダのほか、野沢菜葉にぎりなど、野沢温泉ならではの料理が並べられた。

 ことしは野沢菜発祥250年を記念して、野沢菜の原種となった大阪「天王寺かぶら」の会関係者約20人も特別参加。一時途絶えたかぶらは野沢菜を中興の祖として復活し、同日、会場に飾られた。アトラクションではご飯にサケのフレークを乗せ、野沢菜の葉で巻く長さ18bの「菜サケ寿司」が約50人の手で巻き上げられ、蕪主らはその、独特の風味に舌鼓を打っていた。


(写真=18bの菜サケ寿司に挑む蕪主ら)
 
木島平村長選 - 候補者選びは具体化せず<木島平村>
 木島平村選挙管理委員会は7日開き、任期満了に伴う村長選挙を、来年1月30日告示、2月4日投票の日程で執行することを決めた。

 同村長選に関しては、現職の柳澤萬壽雄村長が、10月11日に開かれた議会臨時会で、今期限りで引退する意向を表明したが、これに伴う後継者選びや自薦などの動きは今のところ表面化していない。 

 同村長は引退表明の中で、加齢から来る精神的、肉体的衰えを吐露、「村長が変わることで、新たな活路も拓けるだろう。新たな指導者の下、生き生きとした村政の展開を期待したい」と述べ、記者会見では後継者指名はすべきではないが、若い世代に期待する考えを示した。

 同村長の今期での勇退は、ある程度予想されていたことだが、公の場での勇退表明は波紋を広げた。ただ、今のところ、村長選に向けての具体的な動きは表面化しておらず、年内にも「予知波」はあるにしても、本格的な動きは正月明けになるのではないかと見られる。
 
◆冬迎え - 北信濃風物詩<連載>
 道祖神とも、道陸(どうろく)神ともいわれる小正月行事があって、かつては1月15日に行われたものだが、他の行事同様、近年は多く、最寄りの休日に行われる。 

 その道陸神作りが始まった。

河川敷に、あるいは田んぼ中に、幾つも目立つようになった。

カヤ刈りから始まって、丸太や雑木を芯にして円錐状に建てていく。

そうしたお伝馬が残る地である。
  
◆先人の苦労学んで - 音楽会で「上堰物語」<木島平村>
 木島平村部谷沢地区に伝わる「上堰物語」が子どもたちによって全校ミュージカルとして披露された。 
先月27日、木島平村中部小学校(小林芳二校長)の音楽会の中で全校児童98人による「2006 ハロー!この村」として発表されたもの。これは数年前、姉妹都市である調布市で村民が上演した「上堰物語」の台本をベースに、図書館司書の嘉部美津子先生が子ども向けの脚本を考えた。また劇中の歌19曲のうち17曲は音楽の町田暁美先生が作曲したオリジナルの歌。

 今回のミュージカルは、村の先人たちがその昔、米が思うようにとれず、苦しい生活を強いられていた中で、長い年月をかけ、ようやく完成した堰つくりの苦労と、それにまつわる堰掘り名人、庄八と名主の娘・かよの悲しい別れを第1場面〜第7場面で構成した。

 児童は9月の終わりから週に2回の練習をこなし、保護者も衣装や小道具などで協力をした。

 当日は、たくさんの観客が見守る中、ミュージカルは趣向を凝らした演出、子どもたちの伸び伸びとした演技で進んでいき、ラストシーンの全員での合唱で幕を閉じたが、会場は感動の余韻が…。「セリフの言い方や動きに合わせて大きな声を出すのが難しかったけど、うまくできた」―と児童は笑顔で話してくれた。


(写真=ラストシーンの全員での合唱)
  
■2人超過の少数激戦 - 空白地区の票の流れ焦点に <飯山市>
■差別の連鎖断て - 人権・同和問題考える研究集会 <飯山市>
■試作品完売に拍手も - 戸狩温泉プロジェクトV <飯山市>
■市民の命守る責任が - 飲酒運転撲滅に関する特別決議 <飯山市>
■市民が真剣な安全意識を - 飯山市交通安全住民大会 <飯山市>
■好天で多くの人出 - 飯山ゑびす講 <飯山市>
■人気の「お国自慢」 - 北信州みゆきJA祭 <飯山市>
■佐藤さんに北信濃新聞社賞 - 飯山市菊花展 <飯山市>

TOP - 過去掲載記事 - 2006年11月11日号